TED和訳まとめ

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

TED和訳まとめ

TEDとは世界の叡智が講演をおこなう極上のカンファレンスです。

選択のパラドックスについて


Psychologist
バリーシュワルツは経済学と心理学の関連性を研究し、現代の生活に驚くべき洞察を提供します。 最近、ケンシャープと働いて、彼は知恵を学んでいます. Full bio

 

0:11
私自身の著書にあることについてお話します 既にどこかで聞いた事があるような 他のことと共鳴するでしょう しかしそうでない方のために 私が関連付けながら話していきます まずは私が「公式教義」と呼ぶもの から始めたいと思います 何の公式教義なのか? 西欧の産業社会全ての公式教義です その公式教義はこんな調子のものです もし我々が自らの市民の繁栄を 最大限にすることに興味があるのなら その方法は 個人の自由を最大限にすることである その理由はひとつは 自由そのものが良いということ 貴重で、価値があり、 人であることの根幹をなしているから 更に、もし人に自由が与えられれば 一人一人が個人に基づいて行動できる 我々自身の繁栄を最大限にするように行動し 他の誰も 我々のために決断をしないで済みます 自由を最大限にするためには 最大限の選択を与えることです
1:06
選択が多ければ その分自由度は増し 自由度が増せば その分繁栄する
1:15
この考えが 私が思うに あまりにも深く浸透しているため 誰もこれに異議を唱えようとすら 思わないのです またこれは我々の人生にも 深く埋め込まれています 近代の発展で可能になったものから いくつか例を出しましょう これが私のスーパーです それほど大きくはない サラダ・ドレッシングについて一言 私のスーパーには 175種のドレッシングがあって それに加えて10種の エキストラ・バージン・オリーブ・オイルと 12種のバルサミコ酢があります もしここの 175の既製品のドレッシングの中には 気に入ったのがなかった時に 自分で作れるようにね まあ、このスーパーはこんな感じです で、次に電機店にステレオシステムを 作るために行って スピーカー、CDプレーヤー、テープデッキ、 チューナー、アンプなど それでこの電機店1店舗の中に 上のスーパーと同じ数くらいの ステレオシステムがある 1店舗の中にある部品を 組み合わせていくだけで 650万種もの ステレオシステムが組み立てられるのです
2:22
これは莫大な数の選択肢だと 認めざるを得ませんね 他の分野では コミュニケーションの世界 私が子供だった頃は マーベル社からでさえあれば どんな電話サービスでも 受ける事ができる時代がありました 電話は買うものではなく借りるものでした その結果 電話が壊れる事はない ということがありました そんな日々も今は昔 我々の前には 特に携帯電話の世界においては 無尽蔵の選択肢が用意されています これらは携帯電話の未来の形です 私のお気に入りは真ん中の MP3プレーヤー、鼻毛切り クレームブリュレバーナーが一体化してるもの もしお近くの店舗で まだ見かけていなかったとしても大丈夫 近日中にお目にかかれますよ これが何をもたらすかというと 人々が店に来る際 ある質問が既に問われています その質問の答えを今知りたいですか? 答えはNoです 余計なことをしない携帯電話を 買おうとしてもそれは不可能なのです
3:19
さて 購買活動以上に重要な 人生の他の局面においても 同じような選択の爆発が起こっています 医療について 米国では既に 皆さんが医者のところに行くと 医者がどうすれば良いか教えてくれる という時代は終わりました その代わりに 皆さんが医者に行くと 医者から Aをすることができるし Bをする事もできる と言われます Aにはこのような効果とリスクがあって Bにはこのような効果とリスクがある あなたはどうしたいですか?と聞かれます そこで「先生 私はどうしたらいいでしょう?」 と聞くと 医者はAにはこのような効果とリスクが Bにはこのような効果とリスクがあります あなたはどうしたいですか? そこで「先生が私だったらどうしますか?」 と聞いてみると すると医者は 「でも私はあなたではありません」と言う そしてその結果 ―これを「患者の自己決定権」と呼び こう呼ぶと とてもいい事のように聞こえますが― でも本当は何が起こっているのかと言うと 決断権の重荷と責任を 何らかの知識のある者から ―この場合は医者から― 何も知らず 少なくともとても具合が悪いので 判断をくだすのに 必ずしも適さない者 すなわち患者に委ねているのです
4:24
処方箋薬の市場では われわれ消費者に対して 莫大なマーケティング活動が行われてますが よくよく考えてみると これは全く意味のない事で 我々に買う事はできないのです 我々が購入することができないものを なぜ売り込むのか? その答えは我々が翌朝 かかりつけの医者に電話をして 処方箋を変えてもらいたいと 頼ませようとしているのです 私たちのアイデンティティーという ドラマチックなものでさえ 選択できるものとなったことを このスライドは示しています [性別は本人に選ばせようと思うの] アイデンティティーを受け継がず 発明する しかも好きなだけ 再発明するようになると それが意味するところは毎朝目が覚めた時に 自分がどんな人になりたいのか 決断しなくてはならない 結婚や家族に関しては 以前には みんなが持つ共通認識として できるだけ早く結婚をして できるだけ早く 子づくりをするということがありました 本当の選択は誰と結婚するかであって いつ結婚するかとか 結婚後どうするかではありませんでした
5:24
現在では 全てのものがどうにでもなってしまっています 私は素晴らしく知性にあふれた学生達を 教えていますが 以前と比べて与える課題を 20%くらい減らしています それは学生達の頭が 悪くなっているからではなく 熱心でなくなったからでもありません それは学生達が 他のことで頭がいっぱいだからです 「結婚をするべきか否か? 今結婚をするべきか? 結婚を遅らせるべきか? 子供が先か、キャリアが先か?」 これらは圧倒的な質問です そして学生達は 私の出した課題を全てやり遂げるかどうかや いい成績をとるかどうかに関わらず これらの質問の答を出していくのです そしてそうすべきなのです これらはとても重要な質問ですから カールが指摘したように 仕事に関して 我々は恵まれています 世界中のどこにいても 一日のどの時間でも 仕事をすることを可能にする テクノロジーがあるからです ランドルフ・ホテルを除いてね
6:17
(笑)
6:22
それはそうと 1か所だけ 無線が通じる秘密のところがあるんですよ 私が使いたいから誰にも言いません これが意味するところは 仕事に関して我々に与えられている 素晴らしい選択の自由ということですが 私達は常に 何度も何度も何度も仕事をすべきか否かの 決断を下さなくてはならない 子供のサッカーの試合を見に行って 尻ポケットに携帯電話を突っ込んで 反対のポケットにはモバイル端末 膝の上にノートパソコンを開いている それらが全て電源が落とされていたとしても 子供がサッカーの試合を むちゃくちゃにしているのを観ながら 常に自問自答をしているのです 「この電話にでるべきだろうか? このメールの返事は? レポートのドラフトは?」 そしてそれらの答えが たとえ全てNoであったとしても 子供のサッカーの試合を見ると言う経験は 自問自答がなかった時とは とても違ったものになっています 周りを見回してみると 大きなことも小さなことも 物質的なことも生活に関わることも 人生の全てが選択に集約されています 我々が以前生きていた世界は このようなものでした [全て定めのとおり] というのは いくつかの選択はありましたが 全ての物事が選択ということではなかった 我々が今生きている世界はこんな感じです ここで出てくる問いは これはいいニュースか 悪いニュースか? その答えはYesです
7:42
(笑)
7:44
我々はみんな良さについては知っています ですので私は悪い面について 話したいと思います これら全ての選択には二つの効果があります 二つの悪い効果です 一つは 矛盾しているのですが これが開放感ではなく 無力感を生むということです あまりにも多くの選択肢を前にすると 人は選択が非常に難しくなってしまいます これの非常にいい例をひとつ出しましょう 定年後の年金投資計画に関する研究で 私の同僚が ヴァンガードという巨大な投資信託会社から 約2000か所の職場に渡る 約100万人の社員の情報を手に入れたのです 彼女が調べたところによると 会社が提示する投資信託が10件増えるごとに 参加率が2パーセント落ちた という結果が出たのです 50件の投資信託を提示すると 5件提示した時と比べて 参加する社員は10%減る 何故でしょう? それは 50件もの投資信託が提示されると どれを選べばいいのか決めるのが難しくなり 後回しにしてしまうのです それで 一日一日と延ばしていき それがどんどん積み重なって 結局決断を下す事はなくなるのです 理解しなくてはならないのは これが人々が 引退した時資金不足に陥り ドッグフードを食べざるを得ない状況に 陥るということを意味するだけでなく 決断を下す事があまりにも難しいので 会社から受け取る権利のある資金を 放棄してしまっているということです 彼等は参加しないことによって 年間5000ドルもの 会社が喜んで提供すべき資金を 受ける権利を放棄してしまうのです この無力感は 選択が多すぎることに起因しています そして世界をこのようにしてしまう
9:27
(笑) [最後にドレッシングですが フレンチ ブルーチーズ、 「ランチ」のどれに?]
9:34
今後無限に影響を及ぼす決断は 正しく下したいですよね? 間違った投資信託や ましてや 間違ったドレッシングを選びたくはない という これが一つの影響です 二つ目の影響は このような無力感に打ち勝って 決断を下したとしても 選択肢が少なかった時と比べて 決断の結果に対して 得られる満足度は低いということです これにはいくつかの理由があります ひとつは ドレッシングの選択肢がたくさんあると 一つ買ってそれが完璧ではなかった時 完璧であった試しがありましたか? もっといいものを選べたはずなのに と想像することは いとも たやすいことです そこで何が起こるかというと この取らなかった選択肢が 自分の決断を後悔させることになり この後悔が下した決断の満足度から 差し引かれていくのです 例えそれがとてもいい決断だったとしても 選択肢が増えれば増える程 自分が選んだオプションに対し 不満を感じやすいことになります
10:31
二つ目は 経済学者が機会費用と呼ぶものです 今朝 ダン・ギルバート氏が 我々の価値判断は 比較対象されるものに 影響されると言う点を その講演の中で語っておられました 多くの選択肢を検討しなくてはならないと 選ばなかった選択肢の良いところを 想像し 選んだ選択肢に その分不満を持つ度合いが多くなることは たやすく想像できます ここに一つの例があります
10:59
ニューヨークから来た人には悪いのですが [85番街の駐車スペースが気になるんだ]
11:03
このように考えてください [85番街の駐車スペースが気になるんだ] ここにハンプトンズのカップルがいます 高価な邸宅に暮らし 素晴らしい浜辺で過ごす 素晴らしい日です 全てを手に入れてる 他に何を望むというのでしょう この男性は思ってます 「ええい くそっ 今は八月で マンハッタンの隣人達は みんなどこかに出かけている だからマンションの目の前の 駐車場が空いているじゃないか」 そして2週間 毎日毎日 あの素晴らしい駐車スペースを逃している という考えに 捕われているのです 機会費用は 我々の選択が たとえどんなに良いものであっても その満足度から 差し引かれていくのです だから選択肢が多ければ多いほど またそれらが魅力的であればあるほど それらは機会費用として 我々に跳ね返ってくるのです もう一つの例を挙げましょう この漫画は多くの点を示しています ひとつは 今を生きるという点 また ゆっくりと時間をかけてやるということ でも一つあげるとしたら どれか一つのことを選んだとしたら 他の事をやらないことを選んだ ということでもある そしてその他のことには たくさんの魅力的なことがあるかもしれない そのことが今自分がやっていることから 魅力を損ねるのです
12:13
三つ目は期待値の増大です これはジーパンを買い換えに行った時に 気がついたのですが 私はいつもジーパンを履いてます 以前はジーパンは一種類しかなく それを購入して 全然体にあってなくて 信じられないくらい着心地も悪くて でも長い事履いて何度も洗うことによって なんとなく良くなっていった そこで何年も何年も履いていたジーパンを 買い替えるために出かけていって 「ジーパンが欲しい 私のサイズはこれです」 と言いました すると店員が 「スリムとストレートとリラックスと どれにしますか? ボタンフライかジッパーにしますか? ストーンウォッシュそれともアシッド? ダメージ加工のものにしますか? ブーツカットにするかテーパードにするか それともそれとも」と永遠に続く 私は呆れて何も言えなくなって しまったのですが ほどなくして 「以前一つしかなかったやつと 同じものが欲しい」と言ったのです
12:55
(笑)
13:00
彼はそれがどんなものか 見当もつかなかったので 私はいろいろのジーパンを 1時間にも渡り試着して 正直に言うと今までで最高にフィットした ジーパンを手に入れてお店を後にしました これらの多くの選択肢が 私が最高のものを選ぶ事を可能にしました でも気分は最悪でした 何故か?それを自分に説明するために 本を1冊書きました 私の気分が最悪だった理由は これだけ多くの選択肢が 与えられていることで 私にとっての良いジーパンの 期待値が上がったからです もともと 選択肢が一つしかなかった時は 全く期待などしていなかったのです それが100に増えてしまったとたんに、 どれかひとつ完璧であるべきだと そして私が得たものは良いものだったけど 完璧ではない そこで期待していたものと 実際のものを比較して 期待していたものと比べて 満足度の低いものを得たのでした 人々の生活に選択肢を増やすことは それらの選択肢に対する 期待値を増大させることを 余儀なくさせてしまいます そしてそれは結果がたとえ良くても その満足度を より少なくするということを生み出します [どれも素晴らしそう 間違いなくがっかりする] マーケティング業界は誰もこれを知りません [どれも素晴らしそう 間違いなくがっかりする] 知っていたとしたら 誰もこれが何の事がわからないでしょうから 真実とはこのようなものです
14:23
(笑) [全てがひどかった頃の方が全てが良かった]
14:26
全てががひどかった頃の方が 全てが良かった理由とは 何もかもが良く無かった頃は 良い意味での驚きをもたらす体験をすることが 可能だったからです 今現在 我々裕福な産業国に住む市民が この世界で生きている限り 期待値が完璧を求めている中で 望みうる最高のことは 期待通りということなのです 良い意味での驚きというものは あり得なくなっている それは我々の期待値が 天井知らずになってしまったからなのです 皆さんが今日ここに来た目的 幸せを得る秘密とは 期待値を低く持つということです
15:02
(笑)
15:04
[頼んだよ] (拍手)
15:10
ひとつ 個人的な話をします 私は大変素晴らしい女性を 妻としています これ以上はないというくらい 妥協しませんでした でも妥協するというのは 必ずしも悪い事ではありません 最後にきちんとフィットしていない ジーパンを買う事の 悪影響の一つとして 買うものが一種類しかない場合 満足していない理由を考えてみて 誰の責任か 答えは明確です この世の中が悪い あなたに何ができたでしょう? ジーパンの種類が何百もあるとなって 満足のいかないものを買ってしまった時 誰の責任かと自問自答すると 同じように明確に答えは あなた自身なのです あなたはもっといいものを選べたはずです 何百種類ものジーパンを前にして 失敗は許されません だから人々が決断を下す時 またその決断が たとえいいものであったとしても それに満足が得られなかったら 自分自身を責めるのです
16:10
ここ数10年で産業国において鬱病が 爆発的に増加しました 私は 鬱病や自殺が爆発的に増えた 大きな要因は ―これだけではありませんが― 人々の期待値が高すぎて その結果 経験が不満足なものに なってしまっているという ことがあると思っています そしてそのような体験を自分自身に 説明しようとする際 全て 自分の責任だと思ってしまうのです すると総体的な結果として 一般的に 客観的には良い事になっているのに 気持ちは最悪になっています そこで皆さん覚えていてください これが皆が自明のこととして信じている 公式教義ですが それはみんな嘘っぱち 真実ではないのです 全く選択肢がないよりは 多少あった方がいいに決まっています だからといって選択肢は 多ければ多いほどいいわけではありません 私にはわかりませんが 秘密の数値があるのでしょう 私は選択肢の多さが 我々に繁栄をもたらすという地点を とっくに通過してしまったと 自信を持って言えます
17:06
そこで 政策問題として もう少しで終わりますよ 政策問題として考えなくてはならないのは 次の点です 産業社会において選択肢を与えているものは 物質的な豊かさです この世の中には 選択肢の多さが問題に なっているのではないところが まだ数多くあることを 我々は聞き知っています 彼等の問題は選択肢が少なすぎることです だから私が言っていることは 近代の 豊かな西欧社会独特の問題なのです そこで非常に不愉快でいらいらさせるのは 次の点です スティーブ・レヴィットが 昨日皆さんにお話しした 高価で取扱が難しいチャイルドシートが 何の効果もなくお金の無駄だということ 私が言いたいのは このような高価で難しい選択肢が 役に立たないだけではない 実際には危害を加えるのです 我々をより悪い方へと導く事になるのです
18:03
我々の社会において 多くの選択肢を可能にしているものを 選択肢が少なすぎる社会に 移す事ができたとしたら 選択肢の少なすぎる社会の人たちの 生活が向上するだけでなく 我々の生活も向上するのです これが 経済学者が言うところの パレート改善ということです 収入の再分配は 貧しい人たちだけでなく 全ての人たちを幸せにします それは多すぎる選択肢の悩みから 解放されるからです 結論として この漫画を読んだ時 [限界などない ―願ったとおりになれるのだ] 洗練された人は 「この魚が何を知っているのだろう この金魚鉢の中では 何も可能性などないことを 知っているでしょうに」と言うべきなのです 想像力の欠如 近視眼的な世界観 私も初めはそのように解釈していました でも色々考えを進めて行くうちに この魚は何事かを知っているかもしれない と思うようになりました それは 究極のところ 可能性を広げるために 金魚鉢を叩き割ってしまったら 得られるのは自由ではなく 無力感だからです 可能性を広げるために 金魚鉢を叩き割ってしまったら 満足度を低下させてしまいます 無力感を増大させ 満足度を低下させる みんなが金魚鉢を必要としています 今あるものはどうしても限界がある 我々にとってだけでなく 魚にとってさえも でも隠喩的な金魚鉢の欠如は 不幸を作るレシピに過ぎません また 大災害のもとにもなることでしょう ありがとうございました
19:29
(拍手)

 

www.ted.com

 

Psychologist
バリーシュワルツは経済学と心理学の関連性を研究し、現代の生活に驚くべき洞察を提供します。 最近、ケンシャープと働いて、彼は知恵を学んでいます. Full bio